統合医療

三浦綾子さんの癌克服


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三浦綾子さんは62歳のときに直腸癌の末期がわかりました。日本赤十字で手術を受けても思わしくなく、四国への取材の帰りに大阪の食養自然療法の療養所に立ち寄り、その後に20日の泊り込み指導を受けました。それから作家活動を続け、お亡くなりになったのは73歳です。

大阪府警の家宅捜査

医師会のやっかみから大阪府警は内偵!

多くの末期癌患者が集まる大阪の健康再生館は6か所の治療所を展開して活動をしていましていました。三浦綾子さんが受けた癌治療はここでした。多くの患者が癌が治ったという噂の再生館に対して医師会は面白くなく、警察に通報し、大阪府警は内偵をしていました。

そしてある日、再生館6か所に家宅捜査が入りました。主宰者は検挙、その後医師を含む関係者はつぎつぎと呼び出されて事情聴取となりました。それを知った旭川の氷点作家 三浦綾子さんはpic-karute300.gif
「治療はほんものです。この灯をけっして消してはなりません!」
と全国に呼びかけました。
あちこちに乱立する民間代替療法の、目立つひとつを叩いておこうと考えた大阪府警は、有名人の真剣な呼びかけに困惑しました。

この事件が医学の歴史から消え去ろうとしています。その背後に、癌治療にとって重要な研究と発見が隠されています。

三浦さんの治療概要

pic-bookgan.gif三浦綾子さんの末期癌治療は、血液学の理論に基づいたもので、生体内での現象として生物学的に確認がされています。つまり科学的な根拠があります。健康再生館主宰の加藤清師が行った代替療法は、その博士が生命現象どうりであると太鼓判を押したものでした。

 

食を絶つ、もしくは少なくすることで癌細胞が奇形の血球になっていくことを利用して、免疫細胞に攻撃をしやすくします。免疫機能は外から侵入した外的に強く反応しますが、もともと自分の細胞である癌細胞は発見がし難いことがあって腫瘍は増大します。
ですからいろんな食事療法があるなかで、まず最初にこの生体内の原理を利用した治療を行うことが有効です。三浦綾子さんはこの方法によって癌腫瘍を縮小させました。


食事療法・免疫向上の療法はこの治療を主力にして、それに続くべきものと言えます。世の法外な治療料金を取る代替療法に対して注意喚起をするためにも、この活動を立ち上げています。自然に逆らうことは良い結果を生まないことが常です。
私たちは確認されている生命現象の証拠を提示しながら、三浦綾子さんが受けた半断食療法をお伝えして行きます。

三浦綾子さんの治療

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玄米菜食で癌を治した国際弁護士

1997年11月、日米両方の弁護士資格を持ち、国際的に活躍していた小林弁護士が肺癌の疑いありと病院で告げられました。東京の病院でのCTスキャンにより右上肺部に直径3.2センチの影が認められたのです。それは1991年の健康診断において直径2.8センチの影として視認されていましたが、その後の検査数回においても拡大化はありませんでした。


ところが医師が学会において同じようなケースで癌と判断された例があることを後に知らされて再検査を実施。肺癌の疑いが濃厚となり、1998年1月に針生検で細胞を観察した結果、細胞上皮癌と診断されました。医師は早いうちの手術を勧めました。

 

医師には
「手遅れになってはどうしますか。」
という言い方でした。
しかし小島弁護士は医学研究会に所属しており、医師達が語る癌に関する言葉を知っていました。
『細胞や組織を抽出して顕微鏡で見たところで、これガンだという明確な結論はなかなか出せない。』
ということです。小島弁護士は、”細胞の特定の形を癌としているのではなく、いろいろなかたちをした異常細胞の中で、身体に死に至らしめるような悪影響の有る細胞を癌と言っているのだ。”と感じ取っていました。

補注:ここで注意を払っていただきたいのですが、どの医師も癌細胞が分裂増殖をしているところを顕微鏡で発見して、癌と言っているのではないことです。癌細胞はいろんなかたちをした細胞の集まりであり、細胞が分裂増殖しているのなら、みんな同じ細胞になるはずです。
このことに十分に意識を向けてください。見ていないのに、分裂増殖する恐ろしい細胞と恐怖心をもたらしているフシがあります。
癌細胞が同じではない事実
 

 




国際弁護士はアメリカと日本を半々づつ行き来して仕事をしている国際人ですから、アメリカで食事療法を普及させている大家の久司道夫氏と出会いました。彼は癌と言われてから3か月後からマクロビオティック食事をするようになり、玄米・有機野菜・海草の3点に重点を置いて食事をしました。

玄米菜食を非難する医師がけっこういますが、結果から言うと国際弁護士は最近私が会った言葉からは癌の治癒後18年間異常が見られないのです。
医師の言う矛先のひとつは栄養不足になり健康を害するということす。
しかし以前読んだニュースではアメリカにはベジタリアンのプロレスラーがいて、けっこう強いということでしたし、のちに触れる第二のマクガバン報告と言われる調査、チャイナ・スタディの主たる調査者のT・コリン・キャンベル博士は、従兄がレスラーでまったくの草食であり、良い体格をして優秀な成績を上げていると書いています。
テレビで女性ビルダーの姿を見たことがあります。見事な筋肉を披露しながら、
「何をいち番食べていますか」
の質問に、

「トーフー。」
と答えていました。どこが栄養不足なのかと思います。
世間でまことしやかに言われるようではなく、大豆や豆腐からしっかりと筋肉が造られるという事実があります。ミネラルについてはアメリカですからサプリメントなどを食用している可能性はあり得ます。



この国際弁護士からは2回、講演の場で体験を聞きましたし、今年(2016年)に伊豆から熱海へ向かう電車の中で多くの話を交わしました。彼の治療内容の詳細は申し込みをいただければ送信します。
本やホームページには病気の治癒者の声が多く載せられていますが、本人から話を聞くことはまずできません。しかし彼の場合は東京での私たちの医学研究会に参加してご自分の代替療法の話をします。懇親会にも出ますから聞くことができます。

そして彼ですら、くり返し襲って来る不安や恐怖に耐えることができたのは、現代医学ではなくてこのホームページで触れている、確認された医学理論だったということです。

 

この国際弁護士は東京で15人の弁護士とスタッフ合計22人で弁護士事務所を経営しておられます。ただしそれまでの生活を見直し、夕方5時にはピタリと仕事をやめ、帰宅するとのことです。


私がこの癌医療活動をする経緯

5年前にあるひとが私にこのように言ったのが私の活動の始まりです。
私はあることで白血病の治療法を探して、医学関係のことをいろいろと調べておりました。
そんな中で現在の活動に引き込まれるような方向に曳かれて行ったのが、
ある日あるひととの対面でした。

それは私が若いときにプログラマーをしていたという話の後でした。
「あなたはコンピューターがわかるとおっしゃいましたね。」
「ええ、最近のことはわかりませんが、ホームページを作ったり、発信をすることはできます。」
「それではあなたはコンピューターを使ってこの理論を日本中に、いや世界中に広めてくれませんか。」

 

その後、研究の著作権の問題に巻き込まれて、私は社会的に仕事組織に
反響を及ぼす立場にいたために、医学活動からはしばらく離れていました。
同時に仕事も多忙を極めていました。


何年かおいて東京での研究会大会に参加したときに、
そのひとの姿が見えず奥様だけが受付におられたので尋ねました。
「主人は3年前に亡くなりました。」


このかたは生物の真実である生体内現象を発見した科学者の晩年に、
全国で博士の講演会開催をし多くの本も書いた、鞄持ち的助手だったひとです。
大阪粉ミルク療法事件では参考人として取調べを受け、
主宰者や協力医師と共に苦質を舐めて、

三浦綾子さんの呼びかけで助かったのでした。

会えるもうひとりの紹介

末期癌を克服した、そして会って話を聞くことができる女性をご案内します

本に治癒者の声が数多く書いてあるのを見ます。
しかしこのひと達に会うことはできませんし、
誇大に書いたり事実と異なることを書いているものがあります。
それらは外科手術→抗癌剤治療を言う国立がんセンター系の医師の、格好の攻撃材料になります。
つぎにご紹介する女性は食事療法で末期癌を克服し、その指導活動をされていますからセミナーなどで直接お話を聞くことができます。


この村木さんは女性事業家たるかたで、ビズネスにおける相当のスキルをもっています。ところが肝臓癌であと3か月の命と宣告を受けました。
モリハナエ・資生堂・住友商事ほかに勤め、のちにアメリカでマクロビオティックを学んで、日本で講師活動をしていました。それでマクロビオティックの食事をしながらどうして肝臓癌になったのかですが、それ以上の過酷な生活を送っていたことは伺われます。著書には『20年間、菜食をしていたのに、なぜ癌になったのか不思議。』と語っています。村木さんにはこれまで2回、会うコンタントを入れました。(2016年10月現在)向こうさまの予定が変更になってすれ違いの連続ですが、お会いすればその点はお聞きしておきます。

さて村木さんは西洋医学の病院6つを回り、良い治療の見込みの確証は得られませんでした。そして行き着いたのがニンジン・リンゴジュース断食で癌治療の指導をしている医師でした。村木さんは
「治してください。お願いします。」pic-murak.gif
と頭を下げたところ、
「何を言っているんですか。あなたがつくった病気なんだから、あなたが治すんですよ。」
と言われました。
それから「治りますよ。」と力づよく言われました。
「治ると言って、治らなかったら裁判でやられる。」
といったことを言う医者ばっかりの中で、こういう医師もおられるのです。

村木さんは本格的食事は1日に1食だけ。朝はニンジン・リンゴジュース、昼は消化が良い蕎麦などを少しという内容でした。それを1年間続けました。
詳しくは著書をお読みください。


そこで大切なことはたいへんな排毒症状が続いたということです。村木さんの場合は排便で、1日10時間トイレにこもりっきりのときもあったと言います。その臭いで蚊が2匹死んでいました。
それから水便で走り込むようになり、頭皮に油状で排毒。また脂汗・目やに・耳ダレ・鼻水、おらゆるところから毒素が出たと思われます。

国際弁護士の場合は全身の湿疹という症状で排毒に見舞われ苦しみました。癌治療には体内の蓄積毒を出すことが重要な治療であり、毒をそのままにして臓器を切り取り、さらに毒である抗癌剤を打つべきではないことがおふたりから解ると思います。まず蓄積毒を出すことから取り組むべきと考えます。


さらに村木さんは、幻聴や色彩が消え景色が白黒に見える、うつ状態ほか熾烈な症状を経て治癒に向かって行きました。1年後、病院の検査では癌腫瘍がなくなり、レントゲン写真にはマリモのように細かい血管だけが写っていたとのことです。

 

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